
Vanguard Jazz OrchestraのリードアルトサックスDick Oatts.
(ディック・オーツ)とわたし。
ブルーノート東京にて。
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Vanguard Jazz Orchestraのメンバーのみんなは
誰も彼もがみんなそれぞれ、演奏は素晴らしいし、性格は個性的で面白くて
誰の話をしたとしてもそれだけで1週間話せるくらいネタがあるんだけど
Dick Oattsは
ものすごくものすごく特別だ。
初めて生でバンドを見るまでは、もちろんすごいとは分かっていたんだけど
今感じているような衝撃波までは感じることが出来ていなくて
でも今は、何度も生で演奏を見て
本当に
衝撃でこれまでの人生の全てがひっくり返って
打ちのめされて床に叩き付けられて
あれ?ここはどこわたしはだれ状態になりそうなほど
すんごい演奏をする人だなあと思っている。
演奏中の顔がものすごくすごみがあるので
なんとなく人柄も凄みがあるのかと思ってたのだけど
実は普段のDickはものすごくものすごくものすごく優しくてひょうきんで
やわらかくてぽーっとした声でゆっくりと話す
一緒にいてすごく居心地のいい人です。
Dickが日本でのツアー中に
どんなことを私に言ってくれたり
実際に行動で示してくれたか、など
全部書くと
プライベートの行動を公に晒し過ぎてしまう気がして出来ないのだけれども
本当はぜえーんぶ書きたいくらい、いっぱい素晴らしい経験をした。
私はバスの中などでいっぱいDickに質問した。
たくさんの曲を演奏すると思うんだけど
どうやってそれぞれの曲が持っているストーリーを
短い時間で把握するの?って聞いたら
色々ともちろんコツはあるんだけど
やっぱり、作った人の思いが一番大切なので
作曲家ときちんとコミュケーションを取る事が大事だと思う
と教えてくれて
すごく印象的だったのでした。
彼は私が質問することに真摯に答えてくれるだけじゃなく
サイン会で私が「この人は私のビッグバンドのリードアルトだ」と
副田整歩(そえだなおむ)くんを紹介したら
なおむにも時間を割いてビックリするくらい心から親切にしてくださって
それが、なおむと話して、どんな人かを知ってから、とかでなく
私のバンドのリードで、と言った瞬間に
その瞬間にもう彼の心は全開に、完全に開いていて
そこから、いつも私にしてくれるのと同じように
本当にこころ全開で、出来ること全てをしてくれたのでした。
なんて凄い人なんだろうなあと
つくづく思ったな。あの時も。
さて、そんなディックに私が突然メールしたのは1週間前のこと。
タイトル;VJOの歴史についてちょっと教えてもらえますか?
Hi, ディック、みぎわです。
来週はバンドの44周年のバースデーだと思うのですが
同時にVJOとしての20周年でもありますよね?
実は内緒でバースデーケーキを持っていこうと思ってるのですが
20周年なのだとしたら、ダグとジョンに「20年間リーダーお疲れさま!」
も言ってあげたいと思ってるんだけど
私の情報が正しいかどうか、教えてもらえますか?
忙しいところお邪魔してごめんなさい、お返事貰えたら嬉しいです。
そうしたらディックから、
すごくながーいメールが届いた!!!
ミギー、その通りだよ、VJOとして今年で20周年目です!
サドがヨーロッパに引っ越して、メルが亡くなって
その時バンドをこれからどうしていこうかって、みんなで会議をしたんだ。
メルが、ジョン・モスカにリーダーを、僕に音楽ディレクターをしてほしいと言って役割が決まって、その後ダグラスがジョンを手伝うことになってね。
サド・メルバンドっていう名前を使い続けたいと言った人たちも居たんだけど
でも僕はその名前にすることで
僕らのこれからの音楽にlimitが出来てしまうのじゃないかという感覚が拭えなくて…etc
そこには赤裸々な
20年前、彼らがどうやってバンドをrebuild(再構築)したかの
美しくて力強い決断の物語があった。
彼らと知り合うまでは
私は彼らのことを「神話の中のヒーロー」のように思っていた。
ヒーローは泣かないし
いつも勝ち続けるし
ちょっと負けそうになっても、結局最後の5分で敵を倒して、ガッツポーズする。
そんな感じに思っていた。
でも、ディックがくれたメールの中には
メル・ルイスという偉大な存在(バンド創設者の一人)が亡くなって
メンバーがみなうろたえて
Thad/Melというリーダーの名前を配して、そのまま行きたいという人がおり
いや、それでは音楽性に制限が出てしまう、
もっと「攻めて」いく方向性の名前に決めなければ!と思う人がおり。
話し合って
決裂したり分かり合ったり。
それを繰り返して、最終的に
The Vanguard Jazz Orchestra
先駆者達のジャズオーケストラ
という名前が決まる。
ジョン・モスカがリーダーとして全ての仕事をしていたのを
それでは大変すぎる!と思った人がおり
ダグラスがもう一人のリーダーとして共に働き始める。
非営利団体になってはどうか、というのはダグラスのアイディアだったそうだ。
彼らは、非営利団体としての登録名を「
16 As One Music 」という名称にする。
彼ららしいなあ。
「ジョン・モスカはバンドの”心”で、ダグラスは”ライフ・セイバー”なんだ」
とディックは続ける。
「彼らが居なかったら、このバンドは消えていたかもしれない。
2人は本当に素晴らしい」と。
私は
お誕生日ケーキがね…
などと幼稚なメールを書いたことを少し恥ずかしく思い
でもそんな気持ちもすぐ忘れてしまうほど
メールの中のドラマに引き込まれ
3回も4回も読んで、画面の前で一人でおいおい泣いた。
丁度それは月曜日で、
バンガードに向かう電車に乗ってからも、iPhoneの画面で何度も読んで、また泣いた。
彼らと知り合って丁度2年が経って
こんなにも家族のように仲良くなっても
それでもまだ私は、未だに
「どうしてわたしは、こんなすごい人たちに良くしてもらえるんだろう?」
と不思議に思っている。
彼らはすごい。
本当にすごい。
こんな凄い話しを聞かせてもらって、どうしたらいいか、まだ分からない。
でも、きっと何かをしなきゃいけないから、私に
この話を聞くチャンスが与えられたんじゃないかと思う。
だから
畏れないで、
一生懸命、心と耳と頭とを全開にしてこのお話を受け取った。
ヴィレッジ・ヴァンガードでその後すぐディックに会った。
ディック、
もう、わたし、感動してしまって、本当に…ありがとうございました。
またああいうお話をいっぱい聴きたいよ。
忙しいのに本当にありがとう。
とディックに言ったら、そうしたらディックはね
いやいや、my pleasure(=直訳:私の喜び)だよ。
ミギワからの質問だったら、いつだってウェルカムに決まってるじゃないか!
って。
ディック・オーツ。
わたしはこの人に何故出会えたのか、未だによく分かっていないけれども
こんなに彼の近くに居させてもらって本当に幸せだ。
たくさんのことを
なるべくたくさんのことを吸収したい。
もっと、いろいろ聴きたい。
もっと、いろんなことを栄養にして何か花を咲かせたい。
そしてその花をディックに見てもらって、喜んで貰うんだ。
そんな気持ちになった。
ありがとう、ディック。
尊敬しています、心から。